補遺
前ページに収録できなかった戦国武将家の家紋と家伝を拾っています。「武将の家紋」のページは家紋は当然のこと、家系図・出自の源流までをより詳細に探究することを個人的目標としているものです。家紋・家伝・家系図の三点が発信者にとって納得のいくものであったときに前ページに「掲載する」というようにしています。それだけにいづれかに不満(不備)がある場合は補遺という形でここに掲載しています。そういう意味では補遺に掲載した各武将家もさらにその系図・家伝の調査を続行中、そして、より詳細が判明した時点で補遺への掲載から、前ページへ掲載を変更することが望ましい姿であると考えています。ぜひ、各武将家に関する情報をお寄せください。
信長、秀吉に取り立てられた武将家は、出自の曖昧なものが殆どです。Topページにも書きましたが、戦国時代とは一種の勝ち抜き戦であり、能力がある、運があるものだけが生き残れる時代であったことのひとつの証明であるのかもしれません。とはいえ、やはり個人的に魅力が薄いことは否めないところではあります。徳川家康のとりたてた武将に関しては、ここにはことさらに項を設けませんでした。すなわち「大名家の家紋」「旗本家の家紋」において取り上げたからです。ぜひ、そちらの方をご覧ください。
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●各武将の家紋は、代表的なもののみを紹介しています。●系図は、尊卑分脈を基本として、系図綜覧・古代豪族系図集覧・戦国大名系譜人名事典・歴史読本-戦国大名系譜総覧・日本史小百科-家系、その他出版物のものを参考にしています。
[家伝資料:前記に同じ]
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武将の家紋-Contents-
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応仁の乱当時の守護大名から国人層に至るまでの諸家の家紋
二百六十ほどが記録された武家家紋の研究には欠かせない史料…
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そのすべての家紋画像をご覧ください!
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戦場を疾駆する戦国武将の旗印には、家の紋が据えられていた。
その紋には、どのような由来があったのだろうか…!?。
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