公家の家紋の発生


平安のむかし、朝廷に仕える公卿たちは、牛車に乗って参内したので都大路や内裏前の広場はたいそう混雑したという。そこで他家の牛車との識別の必要を生じ、各家ゆかりの文様を描いて目印とした。最初は一代限りのものであったが、 やがて子孫が踏襲するようになり、衣服や調度にもつけられるようになった。これが公家の家紋の起こりである。
・京都御所北側に残る冷泉家の屋根瓦に据えられた片喰紋



●西園寺家の場合
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 西園寺家の家紋について、『尊卑分脈』と『春宮大夫公実卿記」によると、実季の時に車の文様として、巴紋を定めたとある。実季は寛治五年(1091)に五十七歳で死去しているので、その生年は長元五年(1032)であり、この間に西園寺家の家紋は定められたのであろう。
 西園寺家は藤原北家閑院流で清華家の一。公実の三男通季を祖とする。その曽孫公経は、承久の乱後、鎌倉幕府の支援を受けて太政大臣となり、京都北山の別荘に西園寺を造営、以後これを家名とした。歴代太政大臣をつとめ、 朝廷・幕府間の連絡役をつとめ、また皇室の外戚として摂関家をしのぐ勢力をふるった。

●徳大寺家の場合
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 徳大寺家の車紋については、『大要抄』に「公継卿 御簾裳額 徳大寺左府実能之時 此文出来云々」とある。これによって、徳大寺家の家紋、御簾裳額(木瓜)は、車の紋として実能の時にできたことがわかる。『尊卑分脈』によると、公継は保元二年(1157)に六十二歳で死去しており、その生年は永長元年(1096)であるから、徳大寺家の車紋は永長から保元の間につくられたものである。これを車の文様とするだけでなく、やがて衣服にも用い、鎌倉時代の末には、家紋としたのである。
 徳大寺家は藤原北家閑院流で清華家の一。藤原公季を祖とし、家名は平安末期、実能が京都衣笠に徳大寺を建立し、徳大寺殿と呼ばれたことに始まる。子の公能は楽才をもって聞こえ、 その子実定は議奏公卿をもって朝幕間を斡旋、その子公継は後鳥羽上皇の討幕計画をいさめた。

●勘修寺家の場合
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 勘修寺家の車紋については、『車文抄』に「経房卿者最初侍中拝賀之時、車袖文岩松千鳥貫主之後、文雀丸六所居之各三、委了治承四年山塊記、経房卿後葉皆以用竹雀紋」とある。これによると、勘修寺家はもと雀丸を車の文様に用いていたが、後、経房のときになって、竹に雀に改めたことがわかる。
 勘修寺は藤原冬嗣の六男良門の孫定方が外戚宮道氏の邸跡に勘修寺を建立して、勘修寺と称したのに始まる。後、勘修寺本家のほか、 分流の甘露寺・葉室・万里小路・清閑寺・中御門などの十三家を勘修寺家と総称した。

●久我家の場合
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 久我家の家紋は、衣服の文様から転じたものである。『餝称(かざりしょう)』奴袴の条に、「当家壮年之間着龍胆多須岐宿老後藤円」とある。この『餝称』は、源通親の子通方の編著で、ここに当家とあるのは久我家を指している。久我家が通方時代に龍胆多須岐を衣服の文様としていたことがわかる。
 久我家は、村上源氏流で清華家の一。源師房を祖とし、その子顕房を経て雅実に至り山城国乙訓郡久我の別荘にちなんで久我氏を称した。鎌倉時代、通基は氏長者となり、通光以来歴代太政大臣となった。 支族の六条・久世・岩倉・千種・梅谿・愛宕・東久世・植松の八家もすべて龍胆を家紋にしている。
・村上源氏系図を見る

●家紋の広がり
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 このほか『大要抄』に、車紋として、「近衛家の牡丹」、「花山院家の杜若」、「西洞院家の蝶円」、 「日野家の松に鶴」などが記載されている。 また、菅原氏一門の高辻・唐橋・清岡・桑原の諸家は「東風ふかば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」の和歌にちなんで、道真公が愛した梅花を象って家紋にしたという。 これは記念的意義に基づいて家紋ができ上がった一例である。
 公家の家紋は、車の文様から転じたものと、衣服の文様によったもの、それに特別の由緒によって定められたものに 起因しているといえる。 このようにして公家にはじまった家紋は源氏・平家の白旗と赤旗の時代を経て、急速に武士の間に普及してゆく。 すなわち、鎌倉時代以降の武士は戦場において、敵と対決し自己の存在を顕示するために、旗印に家紋をつけた。
 公家の家紋の優美な発生に比べて、武家の家紋は実用性から生まれたところが、それぞれの性格を表わしていておもしろい。




2010年の大河ドラマは「龍馬伝」である。龍馬をはじめとした幕末の志士たちの家紋と逸話を探る…。
幕末志士の家紋
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応仁の乱当時の守護大名から国人層に至るまでの諸家の家紋 二百六十ほどが記録された武家家紋の研究には欠かせない史料…
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戦場を疾駆する戦国武将の旗印には、家の紋が据えられていた。 その紋には、どのような由来があったのだろうか…!?。
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家紋イメージ