篠山の祭り


佐佐婆神社の秋祭


十月のはじめの第一土曜に宵宮祭、日曜に本宮祭が催される。宵宮祭には、飾り付けられた山車、太鼓御輿が各集落から 神社に宮入して、境内を練りあるき、暗がりの中に提灯が揺れ、掛け声が響きあうさまは、豪快さと幻想ムードが 一体化した華麗なものである。 本宮祭には、御旅所の若宮へ佐佐婆神が渡御される御神幸式が行われる。
本宮祭は朝参道に集まった曳山車が神社本殿前に参集、巫女の御神楽奉納を行う・そして、江戸時代のはじめに 篠山藩主松平氏が寄進したという金(カネ)御輿三基が境内を練り歩くと、いよいよ御神幸式の渡御行列がスタートとなる。まず、 境内に参集した曳山車が行列に先行して若宮へと発進していく。 そのあとを礼服に身を包んだ清道を先行に、
宮太鼓→御手鉾→獅子→天狗(猿田彦)→御輿→御金幣→御白幣→御供物→ 宮司→長柄傘→騎馬童男(馬上)→御神酒持乙女童女→胡床・敷物→供奉扈従 
と続き、昔から変わらぬ式次第に則って 行事は粛々と進んでいく。若宮での神事が終わると、来たときと同様に清道を先行にして本社への御還輿となる。



・幟が祭を知らせる佐々婆神社 ・曳山車が鳥居前に参集 ・神前に参入 ・勢揃いした曳山車




騎馬童男と御神酒持乙女童女と巫女 ・御神楽の奉納 ・御神幸式の天狗(猿田彦) ・金御輿の練り ・若宮への渡御




曳山車が若宮に参集 ・若宮への参拝 ・本社への御還輿 ・凛々しい騎馬童男の流鏑馬神事 ・それぞれの集落へ帰還する曳山車


御還輿が終わると、祭礼のハイライトである騎馬童男による「流鏑馬」神事が行われる。佐々婆神社の「流鏑馬」は 江戸時代の寛永二年(1625)頃から始まったと伝えられ、一時、中断されていたが、 のちに復活されて現在に至っている。射手は氏子から選ばれた騎馬童子とよばれる少年で、 「水干」に「綾藺笠」を着け白重藤の弓をもって射ることになっている。昨年は生憎の雨模様の中で行われたが、 今年は文字通りの秋晴れに恵まれ、馬上の騎馬童子も一入凛々しさが増したように見えた。境内と 境内参道の三ヶ所に設けられた的に三本ずつ矢を射かけ、射られたのちの的と矢は縁起物として 参列者による取り合が演じられる。
かくして、畑祭りとして知られる佐佐婆神社の秋祭りは無事、終了とあいなった。 今年の祭礼には曳山車十基が出揃い、本社・若宮での情景は壮観であった。 とはいえ、高齢化と少子化は深刻で山車に乗る子供が少なく、お囃子はテープレコーダに録音したものを 流している山車もあった。現代日本が抱える社会問題とはいえ、この華麗な祭礼がいつまでも 変わることなく続いていくことを願わずにはいられない。 祭礼後、山車がトラクタに曳かれながら帰って行く、そのユーモラスな風景に一抹の寂しさを 見たのはわたしだけではあるまい。

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↓宵宮祭は2008年のリポートをご覧ください。

【撮影:2009年10月4日】

→2008年の佐佐婆祭 佐佐婆神社