篠山の歴史・見処を訪ねる-宇土


清流山弘誓寺(宇土観音)





宇土観音のシンボルともいえる銀杏の見事な黄葉(右)

観音三十三ヶ所めぐり頂上から多紀アルプスを見る(右)


大化年間(645-50)、法道仙人によって槙ヶ峰の麓に創建されたという山岳修験道系寺院の一つだ。 多紀郡の古刹のほとんどが、その開創を法道仙人と伝えており、法道仙人が実在の人物であったならば そのスーパーマンぶりには驚嘆するしかない。
盛時は「槙が峰千軒坊」といわれるほどに多くの堂宇が立ち並んでいたが、源平合戦のとき、平家の軍勢が潜んでいた ことから源氏の軍勢によって全山焼亡してしまった。寿永元年(1182)のことで、ご本尊の聖観世音菩薩像は滝の そばにあったため、そこに隠れて難を逃れた。それ以後、「清流山弘誓寺(ぐぜいじ)」と呼ぶようになったのだと 伝えられる。弘誓寺は地名によった「宇土観音」の通称の方が有名で、”病気封じ”にご利益があるとされて 多くの参詣者を集めている。
仁王門をくぐって境内に踏み込むと、大銀杏の巨木が眼前に聳えたち、きれいに立て替えられた本堂、古式を帯びた 多宝塔などが、静寂の空間をカタチづくっている。また、遠く下関市に別院の清浄山観音寺があるといい、かつての寺勢の ほどがうかがわれる。
撮影:2008年06月08日 →2009年11月12日