低山歩こう記-高倉


黒頭峰に登る

・2009年09月01日



篠山川から黒頭峰・夏栗山を見る(20090917)
 
 
黒頭峰は旧山陰道が多紀郡から氷上郡へと越えていく鐘ヶ坂峠の手前、大山の北東に位置している。東隣りの夏栗山と並び立つ様子はカップルのようで、黒頭峰は「雄岳」、夏栗山は「雌岳」とも呼ばれている。黒頭峰の南西山麓に広がる大山一帯は、黒頭峰と夏栗山、鐘ヶ坂峠のある金山、 波賀尾岳が周囲を取り巻き、そのさまから大山と呼ばれるようになったという。
かつて、黒頭峰の山腹には大化二年(646)に法道仙人が建立されたという宝橋山高蔵寺があり、盛時は七堂伽藍を備え、 僧坊は二十一を数えるという大寺であったという。残念なことに戦国時代の天正年間、明智光秀の丹波攻めの兵火によって焼失 してしまった。現在、山麓にある高蔵寺は、文禄元年(1592)に再建されたものである。



黒頭峰遠望:1122 → 高蔵寺庫裏 → 黒頭峰への尾根道:13:28 → 佐仲への分岐 → 黒頭峰への分岐:1333

黒頭峰へは北方の春日町から三尾山経由で登るコース、東方の佐仲ダム方面から登る佐仲コース、そして、高蔵寺から 夏栗山を経て登るコースなどがある。その中では、高蔵寺から登るコースがかつての寺院址との関係からも大手と 思われる。登山道は本堂の横手にある林道に設けられた獣除けの柵が起点となり、まず夏栗山を目指す。 登山道には大山緑の少年団が設置された道標が、100m地点から500m地点まで100m毎に設置されていて迷うことはない。 ひたすら登っていくと、「左黒頭峰方面、右夏栗山」への分岐に到着、まず夏栗山を踏破してのち黒頭峰へと歩を進める。



寺院址への道の大岩 → 寺院址に到着:1342 → 崩壊した石組? → 散乱する石 → 寺院址の区画

ところどころ倒木があるものの道は分かりやすく、土橋のような細道を通過すると佐仲峠の分岐だ。しばらく進むと、 「←夏栗山・黒頭峰→」の標識があらわれる。黒頭峰へはここから急斜面を直登となるが、旧高蔵寺の址を目指して 山腹の道を下っていく。しばらく歩くと、城址曲輪を思わせる切岸をもった削平地があらわれ、崩壊した石組、 石段と思われる遺構があらわれる。削平地が階段状に散在し、説明板は存在していないが間違いなく高蔵寺址と思われた。


石段址?:1359 → 直登斜面の赤い実:1426 → 黒頭峰山頂:1429 → 二等三角点 → 木の間から三尾山遠望:1436

さきの分岐に戻る時間を惜しんで、高蔵寺址から山上を目指して急斜面を直登したが、とんでもない悪戦苦闘となり 「急がば廻れ」とはよく言ったものだ。たどり着いた頂上は二等三角点こそあるものの、雑木が生い茂り 展望はまったく利かない。 わずかに、北方に開けた木の間越しに三尾山が望めるだけであった。山上から西方に降りていくと瓶割峠経由で追入に 下りていけそうであったが、来た道を高蔵山へと引き返した。


昼食後、下山:1450 → 分岐点:1457 → 夏栗山分岐:1509 ・高蔵寺本堂に帰着:1536 ・黒頭峰を遠望(20080517)

高蔵寺に帰りつくと、本堂への石段下にある「大谷の水」で手、顔を冷やし、喉を潤す。 仁王さんが飲みたがるほど美味しいという水だけに、心身ともに生き返る名水だ。
高蔵寺の境内には篠山の名木に選ばれた「モミ」「カゴノキ」の大木があり、新・丹波七福神めぐりの一である 弁才天も祀られている。夏栗山山上に残る戦国山城址、黒頭峰に残る旧高蔵寺址を経巡ってきたのちに、 境内を散策するのも黒峰頭登山の楽しいひと時だ。一方、三尾山、佐仲、瓶割峠などからの登山も、 また別の味わいがあるようで心惹かれるものがある。

【登山メモ】 高蔵寺スタート:1125 → 夏栗山分岐:1210 → 夏栗山散策:70分

【お奨めリンク: 夏栗山〜黒頭峰