奈良時代、行基菩薩が弥十郎岳山中に四十九院を建立、高窟寺などが栄えたという。西光寺は天平三年(731)、南麓に開創されたと伝えられている。行基みずからが刻んだ薬師如来像を本尊とし、ほかに五仏を置かれた。その後、堂宇は中世の兵乱でことごとく焼失、本尊はかろうじて難を逃れて僧坊を一宇建て奉安したという。江戸時代に至って、洞光寺二十一世万国春輝和尚が西光寺を復興、仏像はもとの市場跡に西光寺仏像収蔵庫が建てられ収蔵されている。ご本尊の木造薬師如来座像、脇侍の四天王は平安時代の作で国の重要文化財に指定される貴重なものだ。
収蔵庫より弥十郎岳方面に歩いていくと西光寺跡があり、界隈には僧坊跡と思われる削平地が散在、県下有数のネズ(ムロ)の巨木が聳え立つなど、かつての繁栄のほどを偲ばせている。
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