高橋氏
Takahashi
佐藤・鈴木についで広く全国に分布する。これは高橋という地名が全国各地に多かったからだ。ちなみに奈良県では
約四十もの高橋という地名がある。
高橋氏には二つの系統がある。まず孝元天皇の皇孫大稲輿命の子磐鹿六雁命の流れ。この命(ミコト)は景行天皇に
新鮮な蛤のナマス料理を差し上げた。天皇はいたく喜ばれ、膳(カシワデ)の姓を賜った。この子孫膳臣の支流が高橋氏を名乗った。
その後、朝廷の食膳を司る家柄として、本家の膳臣をしのぐ勢力となり、高橋朝臣を賜姓された。
もう一つが大和国添上郡「高橋神社」の所在地高橋邑から出た物部氏の流れで、これは地名からきている。
高橋の地名は神社に関係が深い。それは、丸木橋を立てれば柱になる。天と地を結ぶ高い柱(ハシ)は神の降臨を願う聖域の目印となる。
神殿の階(キザハシ)も同じだ。信濃国の一宮である諏訪神社や生島足島神社の境内には「御柱」が立てられているが、
これも高い柱に通じるもので、神の降臨を願うものにほかならない。
また、神の訪れるハシのたもとは、それが柱であろうと橋であろうと、そこは聖なる場所である。多くの氏子は、ここで神を待ち、
神を迎えた。そこは神を呼ぶ場所であり、かつ神を招く人(神主)の居所であった。こうして、
高橋は氏子たちにとって神聖な宮代となり、意義深いことばとなった。そして、名字に転じた。
高橋氏には社家が多いが、越後の弥彦大宮司家をはじめ、各地の八幡社や山王社などの神職に就いており、
とくに北関東・東北に多い。
武家の高橋氏は、駿河の紀姓大宅氏族、遠江の藤原南家狩野氏族、近江の佐々木氏族、伊予の越智氏族、
筑前の利仁流斎藤氏族や桓武平氏の系統などもある。その他、各地の高橋姓をながめてみると、
諸国に多数の氏が出ている。筑後三原郡発祥の高橋氏は、渡来系の大蔵氏の流れで、高橋招運の養子となった
立花宗茂は柳川藩主となり、高橋元種は延岡藩主となった。
■大蔵氏流高橋氏参考系図
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高橋氏の代表紋のひとつが「笠」である。
また、古代、食を盛る器には柏が使われていたことから柏紋も用いている。また、先に記した竹を立てることから、
竹・笹紋を用いることも多い。そして、笠は竹を立てるを文字にすれば笠になることからきた。まさにタカハシである。
・2009_06/11
●同苗・戦国武将の情報にリンク
石見高橋氏
筑後高橋氏
孝橋氏
●左から/切り竹・切り竹笹・中陰菱に花菱・丸に笠・丸に一つ花杏葉
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戦場を疾駆する戦国武将の旗印には、家の紋が据えられていた。
その紋には、どのような由来があったのだろうか…!?。
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