江戸時代における大名家は、一部の外様大名を除いて、除封・加増・所替、あるいはとり潰しなどで、領地・石高など
一定しない。それぞれの家の家紋も時代によって変化をみせている。たとえば、本家と分家、
大名家と支流の旗本家など、それぞれ家を表す工夫を施し異なった紋となっていることが多い。また、時代によって、
当主の好みによっても微妙な違いを見い出すことができる。ここでは時代を限定せず、一般的にそれぞれの
大名家の紋といわれているものにのっとって掲載した。
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江戸幕府を開いた徳川家康が三方ヶ原の合戦で完敗したのち、
敗戦の痛みを心に刻み、これからの人生における自戒とするために描かせたという苦悶の肖像
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戦場を疾駆する戦国武将の旗印には、家の紋が据えられていた。
その紋には、どのような由来があったのだろうか…!?。
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