山城一揆ゆかりの地へ

・2007年3月21日



戦国史の1ページを飾る山城一揆の震源地上狛は、のどかな初春の陽射しが溢れていた。中世の上狛は狛野荘と呼ばれる興福寺の荘園で、北方に椿井氏が、南方に狛氏が割拠していた。狛野荘の近くには、椿井氏ゆかりの古刹神童寺、狛一族が守護神として崇めた狛弁財天、山城一揆のとき国人らが結盟を行ったという松尾神社など散在している。






松尾神社から南下すると、狛氏が本拠とした上狛環濠集落に至る。周囲は文字通りの壕に囲まれ、集落内を歩くと迷路のように道がはしり、昔ながらの古い佇まいの人家が佇んでいる。その一画にある西福寺は狛氏一族ゆかりの寺で、境内の一画に狛氏一族の墓碑が祀られ、狛秀綱の位牌・画像も伝えられている。